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コラム

新宿2丁目の移り変わりと今想うこと

前回の「コンチママが語る、白い部屋のショーの魅力とは。」に続き、代表のコンチママにお話を伺いました。
コンチママが半世紀をかけて築いてきた、新宿2丁目に対する思い、そして、コンチママが抱く想いについても深く焦点を当てていきます。

お店を始めたのはいつ頃ですか?

ちょうど50年前になるわね、19歳の終わり頃だったわ。
最初は、男の人が男性の恰好のまま女性の口調で話すような、いわゆるゲイバーね。

21、2歳でお店を持つ子はいても、今だって19歳っていうのはあまり聞かないわね。
確かに年齢は若かったけど、母子家庭で育ったせいか「自分が親を守らなくちゃいけない」っていうのが強かったから、見た目は若くても精神的には老けていたんじゃないかな(笑)。

 

19歳とは! 本当に若くして始められたんですね。

そうね、若かったこともあったのか、お客様がわぁぁぁーって大勢来てくださったのよ。
うちは新宿3丁目「末廣亭」の近くにあったんだけど、当時、界隈にゲイバーは7~8軒くらいしかなかったんですよ。
25歳までには、人に任せたりしながらゲイバーを5軒くらい経営していたの。ここも元々は「東京キッズ」っていう私のお店。
当時、2丁目にあったお店「白い部屋」を、ここ5丁目に移転させたんです。

 

開店当初から、綺麗にお化粧してショーをしていたわけではないんですよね?

そうなの。
オープンさせてから4~5年は、普通のゲイバー。そのうちに、私たちが男の恰好のままで踊るようになったのね。
今みたいなショーではなくて、ふわっと気ままに踊っている感じ。
知っている音楽が流れたら、柱に飛びついたり(笑)…いわゆる余興ね。
お客様が喜んでくださって、今思えば、それがショーの原型だったの。

そのうちに、男の人に連れられて女性のお客様がいらっしゃるようになったんですよ。
いわゆる、普通のシロウトの女の人。
可愛い男の子もいたからね、それから少しずつ増えてきたの。
女の人にとっては、同性とも違い、でも、異性を感じない男の人と話すことが気楽だったんじゃないかしら。

そのうち、女性が化粧品をプレゼントしてくださるようになったり、
お化粧してくれたりするうちに、私たちもだんだんとお化粧をするようになったの。

 

50年という年月は簡単には言い表せない様々なことがあったと思いますが、常に第一線で業界をリードしてこられたのは、なぜだと思いますか?

やはり、時代の移り変わりとともに自分を変えていかれる柔軟さを大切にしてきたからかな。
自分が変われば、環境も変えていくことができると思っているから。

例えばね、お店の営業時間。
昔は22時頃にオープンして朝5時までやっていたから、ショーは24時2時4時ってやってたのね。
でも風営法ができて、ごろっと変えなければならなくなったの。

24時にお店を閉めるから、早い時間にお客様に来ていただかなきゃって…。
それはそれは大変だったわよ、当初は1日に1~2組の日もあったもの。

それでもね、一度決めた道だもの。
耐えてやっていくしかないから、しっかりと前を見据えて、ありとあらゆる方法で宣伝したわ。
どこかへ食事に行ったら「お店に遊びに来てください」とかって。言ってみれば、歩く広告よね。

ちょっとずつ変わってきて、今は早い時間の方が忙しくなってきたの。

 

ショーは、エンターテイメントに富んでいて、とても盛り上がりますよね。

(前回お話した通り) 私たちは、ショーに全てを費やしているもの。だから、とても有り難いことです。
でもね、ショーは22時からなんだけど、ちょっと過ぎることも多いのよ。

それは、お客様のご都合でね。

トイレに行ったり、もうすぐお店に着くからちょっと待っててって言われたり、
みなさんはショーを楽しみに来てくださっているので、できる限りお客様に合わせているの。
だから、22時半頃から始める時もあるかな。

これも柔軟なことの1つかもしれないわね。

 

コンチママご自身も環境や風潮の移り変わりを前向きに受け止めていらしたことがよく分かりました。
この街が50年の間に特に大きく変わったことは何だと思いますか?

カルチャー!
もう、これはただ1つよ…、この街のみんなが明るくなったこと。
お洋服とかお化粧とかそういうことじゃないの、内側から出る表情が変わったのよ。

そして、普通の…ノンケの人が、普通に遊びに来られるほど、オープンな街になった。
昔は、こう、ちょっと隠微な世界だったもの。
実は私たち自身、周りが思っているほど隠微だとは感じていなかったけど、そういう風な捉われ方をすることも多かったじゃない。
んー、例えば、気持ち悪いって思われることもあったけど、今は全然なくなったでしょ。

 

確かに。メディアでも、「綺麗」とか「楽しい」とかポジティブな取り上げられ方をするようになりましたよね。

そうよね。これは、LGBTの活動の成果の1つでもあるんじゃないかしら。
メディアに社会問題として取り上げられ始め、声を上げる人も出てきて、世の中の受け取り方が変わってきたんじゃないかと思う。
つまり、世の中が理解しようとしてくださっているってことなのかな。

それで、みんなが堂々と言えるようになってきた。
男の人だけでなく、女の人も…例えばレズビアンの人もいっぱい出てきているし。
これまでは、持って生まれたものがあっても、社会的にシャットアウトされてしまいそうで言えなかったんじゃない?
でも、「もしかしたら大丈夫かも」って思えるようになって、そういうプレッシャーから解放されてきているんだと思う。

やっぱり、どんなに充実していても、どこかで後ろめたかったり、重く抱えているものがあると、表情にも出るのよね。

“本当の自分” っていうものを外に出せるようになったことで、すごく明るくなった。みんなの素顔の表情が、パッと輝いたの。
カルチャーとしても何としても、それがとっても印象的だわ。

 

1つの商売としては、お客様に広く多く来てほしいと思っている反面、2丁目の人にとって、軽い気持ちで来られたりすることを良く思わない流れはありますか?

そういう流れは、今は、かなり減ってきたんじゃない?どこもオープンよ。

女の人にしても、この街は楽しいんじゃないのかな。
お化粧の話もできるし、ファッションの話もできるし、恋愛の話もできるし、そして、ニューハーフさんもとても綺麗だし。

だから、女の人が「私もこういう風に綺麗に女らしくなりたい」って言ってくださることも結構多いのよ。

本当に、私たちも驚くほど多くの女性のお客様にいらしていただいているの。で、女の人が男の人を連れてくることも多くなったわね。

むしろ男の人の方が、1人では来にくいみたいよ(笑)

ゲイの人は気持ちが女だから、考え方も女性的だし、例えば食生活にも気を遣っていて自炊したりと、特に女性は共感できることも多いんだと思うわ。

コンチママが新宿2丁目にもたらしたものは、一筋の光

まさにこの街を開拓しながら人生を歩んできたといっても過言ではないと思いますが、コンチママにとって2丁目って、この界隈はどういう場所ですか?

まぁ確かに、私がいちばん古くなったけど、開拓とかって、そこまでオーバーではないけれどね。
やっぱり、ここは安心できるところじゃないですか。

2丁目には毎日来ていますけど、やっぱり心が安らぐよね、うん、ホッと息つける場所。
まだまだ私の年代の中では、家の近所を歩いていると、普通の人と違う目で見られているなって感じることもありますけど、2丁目に行くと、全くそんなことはない。

ゲイもレズビアンもニューハーフもホモセクシュアルも、みんなにとって、誰の目も気にせずに呼吸ができる場所じゃないかな。

 

最後に、この新宿2丁目に対しての想いを教えてください。

そうねぇ、新しいカルチャーを築いていって欲しいのと同時に、今ある良いものは守っていって欲しい。
前は、2丁目は、犯罪や喧嘩などがなく、荒れていないとても平穏な場所だったのね。

私たちLGBTにとって、ここは故郷のような場所だから、そういう風潮をこれからも守っていって欲しいかな。

最近はね、どこかのお客さんらしき人が酔っぱらって喧嘩しているところを見かけるから、少し気になっているの。
大きく門戸を開いて色んな人が入ってくることによって、そういうのも起こるのかもしれないけどね。

大切な街だから、いつまでもいつまでも穏やかで平和であってほしい。

 

移りゆく新宿2丁目をその目で見つめてきたコンチママ。
ある時は、流れに身を任せ、またある時は、先頭に立って、現在の街の礎を築いてきた50年は、想像できないほどに激動だったでしょう。

それを微塵も見せず大きな笑顔で語るコンチママは、これからも末永く、そしてますますパワーアップしていく「白い部屋」でお客様を楽しませ続けます。